管理人はつらいよ   
マンション管理最前線

 バリアフリー 


「わしらにも優しいマンションにして欲しいのお」

 
  このマンションに赴任してまもなく、まだ、「すべての住民に好かれるようになろう」と思っていた頃のこと。

定期点検でエレベーターが停止している時に、ちょうど病院から帰って来た足の悪いおばあちゃんがいました。前もって予告を出していますから、こちらに落ち度はないんですが、「なんでエレベーターに乗れないの?」「あと20分くらいたてば終わるんですけど」「水戸黄門の再放送が4時から始まるのよ。いますぐ部屋に行かないと・・・・・」という会話の後、「しょうがないねえ。じゃあ、おんぶしてあげますよ」と、9階までよこらしょと持ち上げてあげました。こういうのは、「ええかっこしい」で、ろくなことはありません。9階の部屋の前まで、おんぶしていったそのすぐ後、腰がカックンとなってしまい、その場でヘロヘロと倒れこんでしまいました。そう、腰に無理な力をかけたために、ギックリ腰になってしまったのです。私ももう若くないということです。
 起き上がるのもやっとの状況で、帰宅はタクシーで病院経由でした。それから、2日間休みました。「仕事中の発病だから、労災でしょう」と会社に言ったのですが、「労災事故を起こすと、会社が払っている保険料がポンと跳ね上がって会社が困る。手当を出すから労災申請はやめてくれ」と説得され、普通に病欠になりました。ちなみに、あとで給料に上乗せされた手当はたった5千円。治療費どころか、タクシー代だけで飛びます。

 本当はもっと休んでいたかったのですが、「代務員の手配ができないから出てきてくれ」と言われ、松葉杖で勤務しました。そこで気がついたのですが、ここのような古いマンションでは、高齢者や身障者に対する配慮などまったくないということです。「段差はいたるところにある」「手摺がない」「雨の日にすべりやすい箇所がある」「エレベーターの操作ボタンは位置が高い」「ドアノブがまわしにくい」・・・・、など、とにかく何も考えていません。ですから、痛い腰をひきずって勤務するのはなかなか大変でした。

 これが、築10年以内の比較的新しいマンションだと思想がずいぶん違います。新しくなればなるほど配慮が進んでいます。段差にはスロープがついてますし、手摺も完備されています。共用部分だけでなく、室内も数々の工夫があります。水道もシングルレバーで楽です。(ただし、壊れやすく、メンテ費用も高い)
 「バリアフリー」という言葉も、市井にあふれ、認知度が高くなっています。非常に良いことだと思います。しかし、バリアフリーが本当に必要なのは、高齢者が多く住むマンションです。つまり、古いマンションです。当マンションでも、高齢者が多く、ホームヘルパーさんが訪問してきたり、介護用ベッドが搬入されたり、デイサービスの送迎が来たり、「確実に高齢者、体の不自由な人が増えている」と感じさせます。こういった人は、玄関ホールのドアを開けるだけでもひと苦労です。自動ドアはお金がかかり、実現は不可能かもしれませんが、段差解消のためのスロープ設置や、手摺、滑り止めなどは、わりと安価に工事できます。これからもますます高齢者が増えますから、こういった改造も必要かと考えています。

 もっとも、私ができることといえば、管理人室に貸し出し用老眼鏡を置くことくらいなんですけどね。

 でも、ハード面だけでなく、ソフト面、例えば「救急措置のできる管理人」というのも、一種のバリアフリーではないでしょうか? 管理会社でそんなことを考えているところはないでしょうが、私は前職では、現場の責任者だったせいもあり、社の命令で、「心肺蘇生法」「止血法、包帯の巻き方」「患者の搬送方法」などの救急法や、「車椅子の取り扱い方」「高齢者身障者への接し方」という講習を受けたことがあります。
 けっこう役に立ちますよ。やはり、高齢者が多いと、急病発生も多いわけで、突然管理人室の電話が鳴って、「た、た、助けて・・・」なんて声が聞こえたりします。今、新聞記事でも、「軽い症状でも安易に救急車を呼ぶ人が多くて困る。有料化を検討」といったことが問題になっているようですが、高齢者の中には、「お上に迷惑かけてはならねえ」という考え方の人も多く、119に電話するのを躊躇して、管理人に電話する人もいます。非常に危ない状態だったのに、遠慮して救急車を呼ばない人もいるのです。私が部屋にいってから、すぐに119通報したこともあります。
 こういったことも管理人の講習に加えたほうがいいんじゃないの?と思う次第です。


 追記
 この前、「体の不自由な高齢者の住民」および「福祉事業に携わっている住民」と直接話をすることができました。スロープの高さとか、手摺の位置とか、やはり、「利用する人の立場にならないとわからないことがいっぱいある」ということがわかり、勉強になりました。半身不随になる人も左右両方いるわけで、「手摺も、出来れば両側にあったほうがいい」、ということもわかりました。まだまだ勉強が必要です。私らド素人が考えるより、有識者の知恵を借りたほうがいいようです。


2004/11
2004/12追記


新しいマンションはこのようにスロープが設置されています。