管理人は超つらいよ
マンション管理最前線
大規模修繕工事 その1 |
私の通勤経路にあたる、築13年になる駅前のマンションで、今、大規模修繕工事が行なわれています。大規模修繕工事というのはマンション管理において最も重大な事業ですから、「管理人として知識を得よう」と思い、足場設営の工事が始まった時に、「どんなものなんだろう」と、飛び込みでそこの管理人さんに話を聞きに行きました。
「部外者にそんなこと教えられないよ」とそっぽを向かれるかと思いきや、意外にもなんでもかんでも話してくれました。その管理人さんは竣工時からずっとそこにいるベテランで、生き字引みたいな人でした。どうやら、最近、ウップンがずいぶん溜まっていたようで、「いい捌け口がやってきた」という感じで、話し相手にさせられました。私も「愚痴を聞く代わりに、有益な情報が仕入れられたらいいか」と思い、相手をしました。
<過去の歴史>
このマンションは中堅建設会社の分譲で、管理会社はその会社の実質子会社です。建設当初から、管理費をボッタくっていたようで、年度収支で「翌年への繰越金がほとんど発生しない」高額な委託費をとっていました。築5年を過ぎて、「鉄部塗装」があったり、「貯水タンクのポンプが故障して、思わぬ出費が発生」などで、収支が悪化し、管理会社としては、「このままでは、委託費の値下げ要求が出て、うちの儲けが減る」と考え、7年目に「管理費&修繕積立金の値上げ」を提案しました。お金に関することなので、喧々諤々あったそうですが、結果的に、「2倍の金額」への値上げが承認されました。(反対意見もありましたが、無関心層が多く、委任状集めて押し切ってしまったようです)
3年前に「そろそろ大規模修繕を視野に入れて準備を始めましょう」と管理会社が呼びかけた際、前々からこの管理会社のやり方に疑問を持っていた住民Aさんが、大規模修繕準備委員会の委員長に就任しました。この人は独自に研究し、「管理会社に全部任せると高額になる。今は、コンサルタント方式のほうがいい」という観点で、委員会を進めていきました。管理会社としては「自分のところでやらせてください」とプッシュしたそうですが、結局は、コンサルタント方式に決まりました。しかし、その会議の席上で、ある役員から「委員長はコンサル事務所と癒着している!」と誹謗中傷を受けたため、「そんなんだったら辞めてやる」と委員長は辞任、「委員長がやめるんだったら、俺も辞める」と、他の委員も次々に辞任し、その委員会は事実上解散となりました。
このため、「コンサルタント方式で行く」ということだけ決まっただけで、「どこのコンサル事務所にするのか」も決まらないまま、大規模修繕の準備は空中分解、委員会の業務は理事会へ移りました。しかし、理事会役員は年度ごとの輪番制、皆やる気はないです。3社ほどのコンサルタント事務所を候補にして、プレゼンを行なわせ、評価したのですが、「どういう基準で選べばいいのか?」もわからないド素人集団です。結局は一番安い金額を提示した事務所にコンサル業務を任せました。
コンサル事務所を決定したところで、年度がかわり、多少なりとも大規模修繕のことを学習した役員は、もったいないことに、全員引退。また、完全ド素人役員の理事会に代わりました。今度は、実際に施工する会社を選ぶ仕事があります。ここで困ったことに、管理会社が「工事だけでもいいですから、うちでやらせてください」と手を上げてきました。この管理会社はもともと建設会社の子会社ですから、自分のところで工事をする能力があります。「管理会社が大規模修繕工事全体を仕切る」ことは、準備委員会の段階で否決されたのですが、「工事だけでもやって、稼ぎたい」ということででしゃばってきたのです。
となると、「どこの工事会社に工事を任せようか?」を審議する理事会に、管理会社の人間を出席させるわけにはいかなくなります。(情報をすべて握られますから) というわけで、管理会社のフロントを排除しての理事会の開催を余儀なくされました。しかし、「理事会の実質上の仕切り役はフロント」である理事会で、その中心人物がいないとなると、議事はうまく進行しませんし、大規模修繕工事以外のことにも影響が出ます。そんなわけで、理事会運営もおかしくなってきました。(そういう余波は管理人にもいくわけで、管理人さんも大変だったようです。) 他住民から、「工事会社の選定はどうなってるんだ」という質問が理事長に来ても、個人的に返答することはできても、広報などを作ったり、「今、こんなふうになっています。A社は○○万円の見積もりを出してきました」といった情報を流すことができません。(管理会社に情報が流れてしまい、他の工事会社が不利になるから)
役員の中では、「なんでいったん排除された管理会社がでしゃばってくるんだ。そのおかげで理事会運営までおかしくなった」と憤慨する人も出てきて、管理会社の評判が悪化しました。そして、そういう苦情の窓口になるのが管理人なわけで、管理人さんもずいぶん胃が痛い思いをしています。そして、肝心の各社の工事金額の見積もりですが、しょせんマンション管理会社なんてコスト意識が希薄ですから、そんなに安い金額など出せるわけもなく、理事会も、「内容とか質とかは判断する能力がない。金額で決めるしかない」ということで、結局は見積もり金額の一番安い建設会社に決定しました。管理会社は、理事会を混乱させただけで、落選です。
<工事本番>
さて、そんなこんなで、いよいよ工事本番を迎えたわけですが、いかんせん、「一番安いコンサル事務所」「一番安い工事会社」「質は問わない」ですから、良質なわけがありません。また、実際に工事をする期の理事会役員は、またまた全員入れ替わっており、またまた完全ド素人です。「どういうところをチェックしていいのか?」も全然わかりません。要するに、「全部お任せします。よろしくね」(ゆーとぴあのギャグみたい)です。
そうしたら、広報もろくに行ないません。普通、大規模修繕工事のような大きな事業では、「説明会」を開催します。そこのマンションは駅近なため、集会室はなく、近所のコミュニティセンターを借りて開催しました。しかし、その開催通知が全戸配布されたのは「開催日の3日前」。工事会社は「通知のことをすっかり忘れてました」なんてことを平気で言ってます。夏休みに入ったすぐの土曜日の開催ですから、レジャーで不在の住民もたくさんいます。これじゃ、なんのために説明会を開催するのかわかりません。また、このマンションは「賃貸にしている所有者が多い」マンションです。ですから、賃貸入居者に説明会への出席を求めても無意味で、外部に居住する所有者へ、説明会開催通知を郵送する(今はFAXでもいいし、電子メールでもいい)必要があります。しかし、この工事会社は、「そんなことする必要があるんですか?」と言ったそうです。そして、本来監視役のコンサル事務所も、開催通知のことを全然考えておらず、普通なら「もう、2週間前なのに、なんで通知しないんだ」と尻をひっぱたく役割なのに、何もせずに放置していました。なんのためのコンサルなんでしょうか? (本当は、管理人サイドとしても、たとえ、管理会社と関係のない業者が工事をするにしても、「そろそろ通知をする時期じゃないの?」と疑問に思い、アドバイスすればいいんですが、この管理人さん、あまりやる気のない人ですし、13年も管理人をやっているとはいえ、大規模修繕工事は初めての経験ゆえ、勝手がわからないのです)
なんか、理事会もド素人なら、工事するほうもド素人みたいです。足場建設が始まりましたが、「住民が個々にベランダに取り付けている衛星放送アンテナがじゃまで、足場が組めない。どうしようか? 管理人さん、該当する住民に話をつけてよ」と頼まれたそうです。「そんなこと、どこのマンションでも同じなのに、この業者は過去の経験というものはないのか?」と管理人さんは憤慨しています。また、そこらじゅうに資材や道具を放置しているのも、「みっともないし、住民がけつまずいて転んだらどうするんだ!」と怒っています。「昨日なんか、お昼ごろに、エレベーターホールのはしっこで職人が大の字になって寝ていた。なんだあれは?」「職人やスタッフは全員、首から身分証明書をぶらさげるか、会社名入りのベストを着用し、部外者との区別をする」と言っていたが、みんな着てないじゃないか?」「工事予告の掲示をこまめにする、と言っていたのに、全然掲示されてないぞ」・・・・ ふんまんやるかたないようです。大多数の住民は、「管理会社が工事をしている」と誤解しているため、工事に関する苦情や質問が全部管理人に集中しているのに、管理人にはなんの情報も来ず、てんてこ舞いだそうです。
また、「駅近くのマンションのため、敷地の余裕がなく、工事用車両を止めておく場所がないから、職人が自分の自動車で来ることは禁止、となっているのに、車で来て近所にとめて、苦情が来ている」なんてのもあります。「足場を組んだら、受水槽の点検の際に、点検員が柵内に入るための扉が開けなくなった」「2段式駐輪場の一部の自転車が取り出せなくなった。取り出そうとがんばる人が、パイプに頭をぶつけた」なんてのもあります。そして、私が聞いて一番「バカだなあ」と思ったのは。
現場事務所(仮設のプレハブ)を設営しなければならないが、一番適切な候補場所には、マンション内照明のタイマー制御のための明度センサーがある。それを塞がれるとタイマーがうまく作動しなくなるので、この場所はNG。仕方がないので、駐車場の車両1台を外部の民間駐車場を借りて、移動してもらい、そこに事務所を設営した。しかし、足場が完成したら、マンション内のここかしこで、「足場とメッシュシートで遮光されてしまったため、昼間でも暗い。昼間でも共用廊下の電灯をつけておいて欲しい」という要望がたくさんの住民から出たため、結局、「電気代がもったいないけど、工事中は24時間点灯する」ということになった。
という一件です。おいおい、だったら、最初に計画した場所でよかったんじゃないの? わざわざ、4ケ月間、外部に駐車場を借りる必要はなかったんじゃないの? 賃借料10万円をドブに捨てたんじゃないの? こんな事例は過去に何度も経験してるんじゃないの? 予想してなかったの?
この工事業者、「過去に豊富な施工経験があります」というのが売り文句だったのに、とんだ、マユツバだったようです。コンサルタントも同様です。大規模修繕というのは工事本体そのものよりも、広報も大事ですし、住民生活の維持も大事です、安全も大事です。そういうことがしっかりできるのが、「いい業者」だと思いますが。
それにしても、こういうことって、実際に始まってみないとわからないようなことがたくさん起きるもんなんですね。勉強になります。やはり、経験が一番大事ですね。そして、その経験を上手に次の工事で生かすことがもっと大事です。管理人も経験値に応じて給料上げて欲しいなあ。
はてさて、この両業者、これからどんな失敗を見せてくれるか? 反面教師として勉強させていただきます。でも、とばっちりを受ける管理人さんは本当にご苦労様です。