管理人は超つらいよ
マンション管理最前線
通訳が必要な高齢者 |
「通訳」といっても、外国人の話ではありません。外国人のことはいつも苦労していますが、今回は高齢者の問題です。
実は私の父親は、あるド田舎「A地方」の出身で、そこの地元の方言は、訛が強烈で、他の日本人にはほとんど理解できません。異国の言語といってもさしつかえないほどです。私の父親は、外では標準語をがんばって話しますが、家の中に帰ると、方言で話します。このため、母親も私も、そこの出身ではないにもかかわらず、A地方の言葉が理解できます。ただし、聞くことはできても話せません。なにせ特殊な発音なので。
当マンションの中に、90歳を超えるおばあちゃん「高久さん(仮名)」が住んでいます。以前は、実の息子と二人暮しだったのですが、親の世話がいやになった息子はいなくなってしまい、今は、ひとり暮らしです。このおばあちゃん、実はA地方の出身者で、誰に対しても、A地方の方言で話すため、誰も彼女の言いたいことを理解することができません。一切標準語は話せません。「よくこれで今まで生きてこれたなあ」と感心しています。
さて、A地方の言葉しか話せない人間がA地方以外で生活することは大変です。この高久さん、相手が自分が発した言葉を理解していないことを認識しておらず、「ゆっくり話す」とか「繰り返して話す」といった配慮もなしに、マイペースで話して、「なんで、おまえは私の言葉がわからないんだ」と勝手に怒ります。これじゃ、コミュニケーションがとれるわけがありません。
私は初めて高久さんに接した時に、ひさしぶりに聞いた方言だったので、うれしくなって「高久さん、もしかしてA地方の人? うちの父親もそうなんですよ」と言ってしまいました。これが運の尽きでした。「異国」の地で同郷関係者を発見した高久さんは非常に喜び、そして、私は彼女の専属通訳にされてしまいました。
どこかに電話する際も、代わりに電話をかけさせられます。役所に行く時につきあわされたこともあります。本当は、つっぱねてもいいんですが、「日本男子は、年寄りを大事にするものだ」と言われると、無下に断れません。どこかの政府みたいに後期高齢者を見捨てるようなことはできないんです。(損な性格です)
忙しいのは、ホームヘルパーさんなどの福祉の人が来たときです。ヘルパーさんとの会話は私が通訳します。週に2回は来てますから。大変です。ヘルパーさんも最近は慣れてきて、特に会話をしなくても仕事をこなしているんですが、何かあると管理人室に来て、「管理人さ〜ん、通訳してよ」と頼んできます。
この前なんか、急病で倒れて、救急車を呼んだことがあるんですが、なにしろ、救急車の隊員とも会話ができないため、私も通訳として乗り込み、そして、病院にまで行って、医者との間の会話も通訳する、という「現場を何時間もほったらかしにして何をしているんだ」とフロントマンに怒られてしまう事態になりました。ただ、当市で高久さんの言葉を理解できるのはおそらく数人しかおらず、言ってみれば、アラビア語通訳やインドネシア語通訳よりも貴重なわけでして、ほったらかしにはできません。
私自身も、いまだにJRのことを国鉄と言ったりしますが、90歳も過ぎると、今更標準語を覚えることもできないんでしょう。
高齢者問題、いろいろな側面があります。大変です。
(今、現在のA地方の若者は、テレビの影響なんでしょうか、高久さんほどのひどい訛はないようです。この前、「学校に行こう」という番組に出ていましたが、字幕無しに放送していました。しかし、A地方の年配の人がテレビに出る時は標準語に訳をした字幕がつきます。)