管理人は超つらいよ   
マンション管理最前線

「気持ちの問題」 漏水事故の謝罪がない



2015/3

 大勢の人が暮らす共同住宅、いろいろと住民間のトラブルも起きます。ここで問題になるのが、「気持ち」の問題なのです。

 私は長年、この仕事をやってきて、読者の皆さんもすでにお気づきかと思いますが、経験を積むほどに、このHPやブログで、「心理的なこと」ばかり書くようになりました。そう、「人間対人間」というのは、つまるところ、「気持ちの問題」なんですよねえ。


「上の階の騒音・振動」
 これも、物理的に、「騒音測定器」なんかを使って、「何デジベルだから、騒音だ。」とか決めたりしていますが。上の階の部屋の人と面識があって、そこの部屋にかわいい小さな子供がいることがわかっていると、騒音や振動は、そんなに気にならないものです。逆に、「全然、誰だか知らない」という場合、すごく気になるのです。人間ってそういうものなのです。

 だから、普通の理事長が、「騒音トラブルだって? じゃあ、役所に行って、騒音計測計を借りてこよう」となるのと違って、ベテランの理事長になると、「住民同士のコミュニケーション不足が理由なんだよ。お祭とかクリスマス会とかもちつきとか、そういう行事を開催して、住民同士の親睦を深めれば、騒音問題も少なくなるよ」と考える人がいます。私も同感です。(ただ、そういう精神的なことで解決できないほど、ひどい騒音を出す、バカな住民もいますけど)
 私の場合、転入してくる住民が管理室に挨拶に来た時は(来るような常識のある人は実際は少ないけど)、「左右だけでなく、上下の部屋にも挨拶に行って、どんな人なのか知っておくといいですよ」とアドバイスしています。


 さて、今回のテーマは
漏水事故の話。
 うちのような古いマンション&戸数の多いマンションでは、1年に4回くらい漏水事故が起きます。最近でも、「全自動洗濯機の蛇口が外れて漏水」というケースと、「老朽化による湯沸し器の温水管からの漏れ」という2件が続きました。
 ちなみに、昨年の「消費税増税」の頃は、「増税前の駆け込みリフォーム」「震災復興&オリンピック誘致による職人の人手不足が深刻」ということで、ド素人の職人しか来なくなってしまい、「リフォーム業者が床下の給湯管に間違って穴を開けてしまう」という、大ポカをやらかしたこともあります。

 さて、まずは、「全自動洗濯機の蛇口が外れて漏水」というケース。これは普通に考えて、「完全に上の階の人の過失」ということなんですが、今回は、これが複雑でして。実は、この部屋は、区分所有者が「2年間長期出張に行くので、その間だけ、期間限定で賃貸にする」「家具や家電もそのまま」という形態で賃貸になった部屋でして。まあ、マンスリーマンションみたいなものと言えばいいのでしょうか?
 住んでいる賃貸入居住民は、「全自動洗濯機の蛇口は、開けっ放しにしておくのが普通だろ。それに、この洗濯機は、大家のものなんだから、オレの責任じゃない」と、自分の非を認めません。
 大家(=区分所有者であり、管理組合員です)の方は、洗濯機の操作説明書には、「洗濯のたびに、毎回、必ず、水道の蛇口を閉めて下さい」という注意書きがあるので、それを守らなかった、賃貸入居住民が悪い、という見解です。そして、「部屋を貸すことに関しては、すべて、仲介をした地元の不動産屋に管理を任せているから、私は関係ない」というスタンス。

 要するに、住民も区分所有者も、両方共、責任を認めないのです。まあ、幸いなことに、仲介不動産業者が、賃貸契約の際に、この手のトラブルに対応した損害保険に、賃借人を強制加入させていたので、補修費用などの「お金」の問題は解決したのですが。(こういう保険類のマージンは意外と大きく、不動産屋の貴重な収入になっているため、強制的に加入させることが多いです)

 さて、漏水被害者の方は、完全な被害者です。何も悪いことはしていません。幸い、保険で、濡れた部屋の修復はしてもらえますが、その補償は、「被害を受けた物に関してだけ」であり、「漏水」という、精神的にパニックになった、精神的ダメージや、漏水当初に、慌てて、バケツを落下地点に持ってきて、水をためたとかいう労力への対価はありません。(それを手伝った管理人へのお礼もまったくなし) しつこくごねると「慰謝料的なもの」を支払うケースもあるようですが、保険会社の方もしぶちんだし、被害者側も「嫌なことは早く忘れたい。ごねるのも疲れる」ということから、あまり強く言う人は少ないです。

 というより、今回の漏水の件で、被害者側が憤慨しているのは、「上の階の住民が一回も挨拶に来ていない」ということです。私ら古い人間は、「まっさきに謝りに行くのが道理だろ」と思いますが、そういうのは、もはや「古い考え」で、「管理会社や保険会社に任せっぱなし」で、まったく下の階に行かない人も多いのです。
 挨拶に行ったとしても、「自分は悪くない」と思っている加害者は、「ただ、挨拶に来ただけだ。謝罪に来たわけじゃない」と、政治家の失言の時の「誤解を与えたとしたのなら遺憾です」とかいう、クソみたいな弁解と同じような態度で、被害者側に声をかけますから、被害者の怒りの火に油を注ぐこともあります。「なんなんだ、あいつは! ふざけるな!」という怒りが、なぜか、「管理人」に寄せられます。とんだ、とばっちりです。まあ、管理人しか、文句を言える相手がいないから、そうなっちゃうんですけどね。

 なんかこう、日本も、アメリカ的な「訴訟社会」になってきて、「謝ったほうが負けだ」みたいな思想になっているのかもしれません。でも、明らかに加害者側の過失なんだから謝罪しないといけないと思います。そして、せめて、なんらかのお詫びの品(千円程度のお菓子でいいです)を渡すべきでしょう。

 そういう謝罪の態度表明がないと、管理人はとばっちりを食って「なんで、上の階の人は謝罪の挨拶もないんだ! 謝らせろ!」などと、サンドバッグ状態で文句を言われる一方だし、その後の、上下階の仲は当然悪くなるわけで、騒音振動問題なんかが起きると、過去の遺恨が作用して、ひどいトラブルに発展する可能性が大きくなります。

 まあ、小さな頃から「ちゃんと謝らない大人」を見てきて育つと、そういう人間になってしまうのかもしれませんが、「謝るほうが勝ち」という処世術もあります。管理人が苦労しないように、そのことも考えて、謝ってほしいなあ。


 次に、「床下の配水管の老朽化による漏水で、下の部屋は水浸し」というケース。これも大変です。
 まず、加害者側の部屋では、目に見える被害がない(洗濯機からの漏水の場合は、自室も水浸しになるが、床下からの漏水では、被害は階下だけ)ために、「加害者」という意識を持てないのです。特に、漏水(階下では天井から水が落ちてくる)というのは、言葉だけでは理解しにくく、自分で経験しないと、その重大性がわからないものです。今は、一戸建ても立派で、昔みたいに「雨もり」を経験したことのある人も減っています。そんななか、自室の天井から水が漏れてきて、それを止めることもできない、という「つらさ」は、経験しないとわかりません。
 また、マンションでは、上の階の部屋の人のところに直接行って「おたくの部屋から水が漏れてますよ」と言う人は少なく、たいていは、「管理人」か「管理会社の夜間緊急センター」へ「水が落ちてきました!」と連絡します。もちろん、管理会社側から、原因階である上の部屋の住民には連絡しますが、冷静に「漏れてます」と言うだけで、被害者側の「深刻な気持ち」を伝えることはできません。
 そして、床下からの漏水は、その部屋の住民の「個人的な過失」になることは少ないため、責任が生じず、「俺は関係ない」ということになりがちです。つまり、加害者なんだけど、加害者意識はないのです。「自分の責任じゃない、マンションの責任なんだ」ということです。
 これも、被害者の部屋の修復費用は、管理組合でかけている「マンション保険の個人賠償特約」で支払われるので、ちゃんと修復はしてもらえますが、やはり、被害者としては、誰かしらから、「謝って欲しい」という気持ちです。でも、加害者部屋の人は何も挨拶にも来ず、管理組合は、「関係ねえよ」という態度で理事長が挨拶に来るわけでもなく、管理会社も、「事務的なことをするだけ」ですから、誰も謝罪する人はいないのです。いわば、「天災」のようなもので、「この怒りを誰にぶつければいいんだ!」という被害者は、結局のところ、「管理人相手に、言いたいことを言い放つ」しか、やることはないのです。管理人はたまったもんじゃないです。
 特に、加害者部屋は、加害者であるにもかかわらず、「漏水しているため、水道の元栓を締めないといけない。修復が終わるまで不便な生活を強いられる」ということもあり、「自分こそ被害者だ」と思うほうが多いです。事故の発生部屋なんですが、「マンションが加害者で、自分は被害者」と思うのです。この心理では、下の階の人に対して、「うちの床下の配水管のせいで、おたくに迷惑をかけてしまいすいませんね」と言う気にはならないでしょう。無理は無いです。でも、やっぱり、下の部屋の人は「謝るべきだろ!」と思っているわけで。

 そこで、こういう時は、間に入る人間が大事になります。つまり、管理人とか管理会社のフロントです。

 一番大事なのは、「上の階の人」に「下の階の部屋の惨状」を見せること。

 できれば、掃除をする前のひどい状況をなるべく早く、上の人に見せます。そういう実物を見ないと「大変なことになっている」というのを実感しません。津波だって、ラジオのニュースで「すごい津波が襲って」と言っても、やっぱり、写真なり映像を見ないと実際の凄まじさは理解できないわけで。
 すぐに実際の様子を見せられない場合は、写真をちゃんと撮っておいて見せる場合もあります。いずれにしろ、1回は、上の階の人を連れて、下の部屋の階の人の話を聞かせるようにしています。(どっちが悪いとか、責任の所在の問題は置いておいて)
 とにかく、下の階の人は、「うちはおたくの部屋のせいで、大変なんだぞ!」ということを言い放ちたいわけです。それを聞いてもらえるだけで、ストレス発散になります。上の階の人も本人から話を聞けば深刻さは理解しやすいです。
 ただ、聞かせるだけでは、どうせあとで、「うちは悪くないのに、なんで、俺ばっかり悪者扱いされるんだ」と文句を言い出すのはわかりきっています。ここで、間に入った管理会社の人間が、漏水の原因等を説明し、「こういうのは、どっちも被害者なんですよ。誰が悪いというわけじゃないんです。建築後10年も経過するとどうしてもこういうことが起きてしまうものなのです。運が悪いとあきらめるしかないんです」と説明します。ここで、「私が経験したものでは、もっと悲惨な事故もありますよ」と、別のもっと被害の大きな実例を紹介する(そういう事例の写真を用意しておくと効果的)と、「それよりは、うちの被害は少なくて、良かったなあ。不幸中の幸いだ」と、気持ちが楽になったりするのです。そう、気持ちの問題なんです。

 このあと、上の階の人とは2人きりで、「立場上、加害者ってことになり、保険の書類でも加害者扱いされますが、本当は、そちらも被害者だってことは、私どもがじゅうじゅう承知しておりますので・・・・」という説明をして、気持ちを楽にしてあげます。

 下の階の人に対しては、「壁紙も全部新しく張り替えますから、以前よりもきれいになりますよ」とか言って、気持ちを鎮めてもらいます。

 こういう、上下両者に対する「心のケア」というのが大事になるのです。こういうのは、経験豊富なベテランじゃないとできません。

 ただ、上の階の人の中には、いくら、「現場を見て下さい」とお願いしても、「俺は関係ねえよ」と断って、下の階の人と顔を合わせることを拒否する人もいます。これが困っちゃうんですよねえ。これが原因で、あとあとまでしこりが残ってしまいます。実際、こういう由縁で、その後、取っ組み合いのケンカに発展した例もあります。

 まあ、火事と同じで初期消火が大事なんです。「悪くなくてもとりあえず謝る」ということは、社会人としてのマナーなのかもしれません。金銭的なことはたいてい保険でなんとかなりますから、まずは、下の部屋の人の気持になって謝ることが大事だと思います。「自分が悪いんじゃない」と思う人は「うちの床下の配水管のせいでご迷惑をおかけしました」と、「配水管の責任」ってことでいいじゃないですか?

 そして、上の部屋の「漏水箇所の復旧工事」が行われる時は、下の部屋の人に、「こういう感じで工事を行います。家具を移動したり、お風呂に入れな方tリ、いろいろと大変なんですよ」と、上の人の苦労のことも教えてあげると、「加害者側も大変なんだなあ。これじゃ、どっちも被害者だなあ」という気持ちに変わって、「同類意識」が芽生え、良好な住民関係になるのです。
※この工事の際は、「そんなおおがかりな工事をするとなると生活ができないから、ホテルに避難宿泊させてくれ」とごねる人がいて、その場合は保険対応できたりするのですが、こういう「役得」的なことは、階下の人には伝えてはいけません。「なんだ、あいつが悪いのに、ただでホテルに泊まれるなんてずるいじゃないか!」と怒り出すこともありますから。


 ほんと、マンションの共同生活って、「気持ちの問題」が大事なんです。