管理人は超つらいよ　　　
マンション管理最前線

　昔、「サトラレ」というマンガがあり、映画化やドラマ化され、ちょっと話題になったことがありました。
　この「サトラレ」というのは、ある種の「病気」という設定で、自分の頭の中で考えていることが、「半径＊＊ｍ」の範囲にいる人全員に、「声に出さなくても」伝わってしまうというものです。まあ、「テレパシー」の一種と考えてもいいかもしれません。

　この「サトレラ」というドラマを思い出してしまうような人が、当マンションにいます。1年前に引っ越してきたAさんという男性住民（単身居住）です。

　「サトラレ」というのは、「声に出さなくても伝わってしまう」というものですが、Aさんの場合は、「思ったことを全部声に出してしまう」という性質の人でして。まあ、こういう人って、けっこういるもんですが、Aさんの場合、ほんと、「全部声に出す」のです。

　一番最初に、管理室に来た時、ちょうど昼休み時間だったので、私はカーテンを閉めて、管理室内で弁当を食べていたのですが、「なんだよ！　せっかく来たのに、昼休みかよ。管理人のくせに昼休みだなんて生意気だぜ！」という大きな声がはっきり聞こえ、昼休みですが、しょうがないので、窓口を開けて応対しました。そこで、転入の手続きの説明をしたり、ゴミルールのことを説明したり、いろいろ話したのですが、「面倒くせえなあ」とか「＊＊銀行の口座がないとだめなのかよ？　そんなの不動産屋から聞いてねえぞ」とか、とにかく言いたい放題、のべつまくなく、文句を言ってました。まあ、管理人相手に文句を言いまくる人は他にも大勢いますので、「目下相手だとこうなんだな、この人は」くらいに思っていたのですが・・・


　ある日、仕事で残業になり、電車に乗って帰宅する頃には、うちの自宅近くのスーパーの閉店時刻を過ぎそうなので、「嫁さんから頼まれた買い物ができないと困るな」と考え、ほんとは行きたくないのですが（このマンションの住民と顔を合わせる可能性が高いため）、このマンションと最寄り駅の中間地帯にある食品スーパーに立ち寄り、買い物をしました。
　
　
　中に入り、お惣菜売り場に行くと、そのAさんがいました。また、顔見知りの、うちのマンションの住民も2人ほど、そこにいて。Aさんと、惣菜売り場前に陣取り、じっと世間話をしています。それがまた大きな声でして、かつ、内容が下品で、とてもじゃないが聞いていられないようなひどいもので。そして、お店の従業員に向かって、「ねえ、そろそろ貼ってよ」「ケチくさいなあ」とか言ってます。

　私は仕事以外の場所で住民には会いたくないのですが、「カキフライ」を買ってくるように嫁さんに頼まれたので、仕方なくお惣菜売り場に行きました。そうしたら、案の定、宍戸錠、この人達に見つかってしまい、「ああああ、管理人さんじゃないの！。どうしたのこんなところで・・・」という無駄な会話をさせられて。これがまた大きな声なので、周囲の他の客も嫌そうな顔でこっちをチラ見しています。
　私は「カキフライ5個パック」を早々に買って立ち去ろう、と思って、カキフライを手に取ると、そのAさんが、「管理人さん、何やってるんだよ。あと5分すれば、これ、半額になるんだよ。今、買っちゃ損だよ」と、私の手からパックをとって売り場に戻します。（そんな実力行使します？？？）　そう、惣菜売り場で世間話をしていたこの人達は、「半額になる時間を待っている」「半額になった時にすぐに買えるように場所取りをしている」ということだったのです。
　
　私は、疲れていたし、急いでいたこともあり、「別に関係ないです」と言って、そのカキフライパックを再度取ったら、「だめだよ、そんなことしちゃ！」と彼は怒ります。そして、「管理人さんは、半額のもの欲しくないの？　そんなに金持ちなの？　俺は半額じゃないと買わないよ」とベラベラとしゃべり始めます。
　なんか、「こんな連中相手にしてらんねえな」と思い、カキフライをあきらめ、いったん惣菜売り場を離れ、別のものを探しました。そうやって、時間が立ち、「そろそろレジに行こうか」と思った時、「あ、いけねえ。牛乳を買うのを忘れた」と思い出し、牛乳売り場に向かいましたが、そこは、惣菜売り場の前を通らないといけない場所にあり、しかたなく、また、惣菜売り場のほうに行ったのですが。そこではすごいことが。

　店員がお惣菜に「半額シール」を貼るやいなや、そのAさんをリーダーとする「半額軍団」（うちのマンションの住民も含め、8人くらいで構成されていた）が次々に、その半額惣菜を手にとって、自分のカゴに入れていきます。
　「4人家族」とかならわかりますが、単身者であるAさんが、「8個」もお惣菜をカゴに入れるというのは、なんとも不思議です。（半額というのは、「その日のうちに食べてくださいね」という商品だから、保存食にはならないはず）　でも、とにかく、その軍団の人たちは、自分たちだけで、ものすごい量を買い占めるのです。
　私も「半額のカキフライを買おうかな」という気持ちがほんのちょっとはあったのですが、あの状態じゃ、とてもじゃないですが、買えるわけがないです。Aさんは、この時も、「はい、天ぷらもら〜い」「カツ丼もら〜い」・・・と、手にとった商品を全部声にしています。

　そんな様子を唖然としながら見ていた私に、概ねすべての半額商品をカゴの中に入れた「半額軍団」のリーダーであるAさんが、気がついてしまいました。そして、「ああ、管理人さん！　カキフライ5個パックね。ここにあるよ」と大きな声で、自分のカゴの中を指さします。私は、手を左右に振って「いえ、けっこうです」というジェスチャーをしたのですが、「管理人さん。欲しいんだったら、これあげるよ。こっちに来なよ」と手招きします。私は逃げたのですが、Aさんは追いかけてきて、無理やり、そのカキフライ５パックを「はい、これ」と、私のカゴの中に押し込みました。しょうがないので、「すいません。ありがとうございます」と頭を下げ、そのまま失礼しようとしたら・・・

「管理人さん　じゃあ、２０円ちょうだい！」と大きな声が・・・

「はあ？？？　なんのことですか？」

「とぼけちゃ困るな、管理人さん。このカキフライをあなたにあげるんだから、その代わり、２０円くれよってことだよ」

？？？？？？　　意味不明　　なにがなんだか、わかりません。

でも、その時、私の周囲では、その「半額軍団」の人たちが、他の客に、「はい、助六寿司ね、３０円」「はい、天ぷら弁当ね、　４０円」と言いながら、お金をもらっているのです。

「なんなんですか、これ？」と私が聞くと、Aさんは大きな声で懇切丁寧に、「俺がゲットした、この５００円の焼肉弁当は半額になると、２５０円でしょ？　つまり、２５０円の得だよね。そのお得商品を欲しがる他のお客さんに分けてあげるんだよ。でもって、俺は手数料で、５００円の１割の５０円をその客からもらうわけさ。つまりは、その客は、５００円の焼肉弁当を３００円で買うってことだな。それだって、４割引だから安いだろ？」と説明してくれました。

　この食品スーパーでは、このような恐ろしいことが行われていました。私は、なんか、戦慄が背中に走り、「これ、返します」と言って、カキフライ５個パックを無理やり彼に返し、「こんな狂った連中とつきあってられないよ」と思いながら、レジに急ぎました。

　レジを終わらせ、慌ただしく店を出たら、「あの〜　すいません、管理人さん、ちょっと待ってくれますか？」と後方から声を掛けられました。「管理人さん！」と呼ばれたら、もしかして、うちの住民かもしれないので、無視することもできず、「はい、何でしょうか？」と応対しました。そうしたら、その人は、その店の店長さんらしく・・・

　「あのAさんには、当店は非常に困ってまして」と始まりました。

　「以前から、半額商品を狙って、惣菜売り場でタムロするお客さんはいたんですが、１年ほど前から、あのAさんが現れて、管理人さんも見ましたよね、ああいう商売をはじめまして、とても困ってるんです。管理人さんって、管理する人でしょ？　あのAさんをなんとかできませんか？」と泣きつかれたのです。

　なんでも、Aさんは、この「半額転売商売」だけでなく、とにかく、なんでもかんでも、思ったことを全部大きな声で口にだすため、「この入口の自動ドア、今日は調子悪いなあ！」「今日は豆腐安くないのかよ！」「ボンカレー食べようかなあ」とか、「この歌舞伎揚げは、１０個入りのミニパックが１２０円で、１８個入りの普通のパックが１８０円で、どっちのほうがお得かなあ？」とか「今日は１２００円買ったから、ポイントカードのポイントは５ポイントかあ。もうちょっとで商品券に替えられるなあ」・・・　すべて、大きな声で独り言を言うらしいのです。これを気味悪がるお客さんから、苦情が殺到しているらしく。でも、そのことを注意すると、これまた、その反論が、「思いついたことを全部大きな声で口にする」わけで、うるさくて、これがまた他の客に迷惑になり。なかな注意しづらいそうで。

　おまけに、商品のことでなく、「俺は、中川さん（レジ係の高校生のかわいい女性アルバイト）が好きだから、大川さん（中年女性）のレジが空いていても、中川さんのところに並ぼう」といったことまで、口にするそうです。でもって、中川さんが不在の時は、当然、他の女性パートさんのレジに並ぶわけですが、「こんな年増のブスなおばさんのレジに並びたくないなあ」っていうことも大きな声で口にだすらしく、さらに、レジで自分の前にいて、レジ作業を受けている客に対して、「あれ、奥さんち、今日はすき焼きなの？」とか「そのカップ麺、毎週火曜日はもっと安くなるんだよ。今日買うのは損だよ。戻してきな」なんてことまで言うそうで。客も店員もみんな困っている状態らしいです。（なにしろ、ほとんど毎日、このスーパーに通っているらしく、内情に詳しい）
※ただ、「その納豆、消費期限が近いよ。（どんな細かなところまで見ているのか？？？）　それ古い奴だよ」「あ、そうなの？　教えてくれてありがとう」と、他の客から感謝されることもあるらしいからややこしい。


　店長も相当参っているらしく、藁をもつかむ思いで、私に相談してきたようです。でもって、私が「いっそ、出入り禁止にしたらいいじゃないですか？」と進言したら。「いや、それね、うちの本部の上司にその旨相談したんですが、”そうしたら、別のスーパーに行って、うちの店の悪口を大声で言いふらされるかもしれないぞ”と止められまして」・・・　　「なんとかならないですか、管理人さん！！」と懇願してくる店長さん。

　「管理人って言っても、住民を管理できるわけじゃないんです・・・　ただの用務員ですから」と説明して、「そうなんですかあ。無理を言ってすいませんでしたあ〜」と、いちおう私は解放されたのですが。なんとも、精神的に落ち込む一件でした。

　ほんと、モンスター住民、恐るべしです。それにしても、あの「半額軍団の主要構成メンバーがうちの住民」とはなあ。参ったなあ。ちなみに、その半額軍団のメンバーって、外見的にも、スターウォーズの酒場のシーンに出てくる異星人みたいな、へんてこな人ばかりで、ほんとの「モンスター」みたいなんです。

　そういえば、「エレベーターでいっしょになった男性から、いきなり、”あんた化粧濃いね”とか言われたんです！」といった女性住民からの苦情が、以前にも何件かあったなあ。あれがAさんなんだなあ、きっと。

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